昨日、義妹の妹が亡くなってしまったと連絡がありました。
まだ28歳という若さです。
我が家の三女と同じ今年2歳になる子供の母です。
まだ授乳をしている時期から離れ離れになることを余儀なくされました。
そしてそれから白血病と戦い、打ち勝てそうなところまで頑張ったのにも関わらず亡くなってしまいました。
この話をブログに書こうか迷いましたが、書くことにしました。
もしかしたら家族の皆さんに嫌な思いをさせてしまうかもしれません。
実際にはそんな風に思えないかもしれないですが、自分が逆の立場なら少しでも多く自分が生まれてきた意味があったと思いたい。
少なくとも私は彼女から影響を受けています。
彼女のおかげでもっと積極的に興味を持ったことにチャレンジしようと思いました。
入院中に病室でできることを考えて実行に移してきました。
彼女は前向きで完治した後のことを考えていました。
もちろんいつでもそんな風に思えていた訳はありません。
そしてやりたいことができるような状態でもありません。
それでも完治したその先を考えていました。
私は何でもできる状態にも関わらず、特に何かにチャレンジしている訳でもありませんでした。
ブログは書いていましたが、書きたいときに書くだけ。その程度です。
やりたくても出来ない彼女がチャレンジを試み、いつでも何でもやれる私が特にチャレンジをしない。
一回りも年下の彼女に喝を入れられた気分です。
私と彼女は普通ならほぼ関りもない関係性。
義妹の妹です。
関係性で言えば会ったこともない方もたくさんいるでしょう。
親戚というには遠い間柄。
でも私は義妹のように感じていました。
そしてもっと話す機会が増えて、彼女がもっと気を遣わずに私に話せるようになっていたら、きっと言われていたような気がしています。
「やれるのに何でやらないの?」と。
あくまでも私の勝手な想像ですが、ある時から私はずっとそう感じていました。
だから毎日ブログを書くようになりました。
気分で書きたいときに書くだけではなくて、やれる限りはやろうと。
中国せどりにも興味がありました。
仕事が忙しくてなかなか実際に始められない状況でした。
でもやってみたいなら、やれるうちにやるべきだと思っています。
「やれるのに何でやらないの?」
僕は何でも自分で決めてやれる状態です。
そして数か月後や一年後もその状態でいられるとも限りません。
あの時やっておけば良かったとその時に思うかもしれません。
いつもでも健康に生きていられる訳でもありません。
今の日常が続くわけでもありません。
家族のだれか一人に特別な何かがあれば、その日から日常は大きく変わるでしょう。
定年後の事まで考えて計画を立てておくのもとても大事です。
でもそれに囚われてしまってもいけません。
今の事ばかり考えて5年後10年後に困るようでもいけません。
でも今しかできないかもしれません。
そのバランスの中でやってみたいことはチャレンジするべきだし、やりたくもないことを嫌々やり続ける時間ももったいないと感じます。
違う仕事をしたいとずっと考えていましたが、収入面で家族に迷惑がかかると思い今の仕事を続けていました。
でも少しでも影響を少なくしてもっとやりたい仕事をしてもいいんじゃないかと考え方が変わりました。
自分の人生が終わりを迎えるときにやり切ったと思えるのか。
やってみたかったことをやらずに終わったと思うのか。
もちろん家族がいるので、家族全体の事まで踏まえて自分のことを考えます。
でも家族のこと、将来のことを考えすぎていると思いました。
嫌なことを嫌々やっている親の姿は子供にも伝わるような気もします。
生き生きとしている親の姿の方が子供にとっても良い影響があると感じます。
経済的に今よりも余裕がなくなったとしても子供にはそういう部分は分かりにくいでしょう。
それよりも普段の親の表情の方がよっぽどか大事ではないかと思います。
そして子供と過ごせる時間は当たり前ではありません。
ありきたりな言葉で、それを実感する経験はしない方がいい。
でもそれを体験した人の言葉は重い。
毎日顔を見れることがどれほど幸せなことか。
そして子育てをしていれば、嬉しいことや楽しいこと以外にも悲しいこと、つらいこと、イライラすることもあります。
でもそれは一緒にいられてこそ。生きていられてこそ。
有難いことに我が家は自分達家族だけではなく両親も含めて日常生活が送れないような状態の人は一人もいません。
だから何事もなく日常を過ごすことが出来る。
だから色んなことにチャレンジすることが出来る。
「やれるのに何でやらないの?」
彼女に喝を入れられないように胸を張って生きている姿を見せられるように生きていきたい。
退院後に彼女がやりたいことリストの中には我が家と一緒にやることもありました。
そんな時間を過ごしながら義理でも兄や妹のような関係になっていきたかった。
彼女もそれを望んでくれていました。
それがここで可能性が完全に閉ざされてしまったことが悔しくて悲しくてなりません。
ご家族の皆さんの悲しみに比べたら微々たるものでしょう。
でもそれだけ悲しくなるほど魅力的な子でした。
彼女に恥じない生き方をしていきたいと思います。
この記事を書くことを悩みましたが、最後まで読んでいただいた方が何か感じるものがあれば、是非やってみたいことにチャレンジしてほしいと思います。
もちろん無鉄砲なことや家族の理解が得られないことはするべきではないと思います。
でもやりたくてもやれない人ではないのです。
そのチャンスを見過ごし続けることはとてももったいないことだと思います。
少なくとも私はそう思いながらこれからの人生を楽しもうと思います。
それが私が彼女に出来ることであり、私にとっての彼女と出会えたことでもらった大きな財産だからです。
家族の方に不快な思いをさせる内容であれば大変申し訳ないです。
勝手に書いていることは良い事ではないかもしれません。
でも私にとって彼女に対して出来る最後のことだと勝手に思ってしまいました。
ひとりでも多くの人が日常をより有意義に過ごせることを願って。
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